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 関廣野氏が「ベンヤミンの暴力批判論はマルクスの影響のかけらもない」ということを書いている。
しかし、『暴力批判論』は明示的にソレルの『暴力論』を踏まえて書かれている。そしてその『暴力論』の岩波文庫版(今村仁司の新訳)の解説で、今村はこう述べている。(本体は未読)
 

「ソレルは、アナーキストあるいは革命的サンディカリストになる以前は、かなり忠実なマルクス主義者であった。思想の源泉にマルクスがあり、それはソレルの中で、プルードン由来の道徳主義的アナーキズムと共存できたのである。『暴力論』の狙いはマルクスとの対決ではなくて、マルクスの弟子を自称するマルクス主義との対決であるから、ソレルとマルクス主義との批判的かかわりを、ここで簡単にでも考察しておかなくてはならない。
マルクスを尊敬し、その思想に共感しながら、同時代のマルクス主義者たちと喧嘩する以上、それるとマルクス主義との関係はどうしても両義的になる。最初はマルクスの思想に魅惑されて『資本論』(第一巻)の研究に没頭するものの(1890年代)、時が経つにつれて当時のマルクス主義、すなわちエンゲルスによって『科学的社会主義』として教条化されたマルクス主義に批判的になる。とりわけ、ドイツ社会民主党の中に流布している社会主義またはマルクス主義の『解体』を主張するようになる(『解体』するというのは、ソレルが解体するというのではなくて、このマルクス主義が自ら内部解体する事態をまずは意味しているが、事実上はこの教条主義的社会主義を外部から破壊することにも通じていく)。マルクス主義に対する両義的態度――マルクス自身を師と頼みながら、マルクスの弟子たちを批判する――の裏側には、知識人(知識人または知的官僚になった労働者も含めて)への不信感が、他方ではその不信感を補強する彼の実践主義的思想体質がひかえていた。ソレルは、社会と歴史の理論の麺では基本的にマルクスをそのまま受け入れ、実践面ではマルクスの階級闘争の理論をゼネスト論として解釈して、ゼネストこそ現代革命の中心になるべきだという。それゆえ彼が、ドイツ社会民主党やフランス社会党ではなく、革命的サンディカリズムに接近するのは自然の勢いである。」
(ジョルジュ・ソレル『暴力論』(下)岩波文庫版p299)

この部分に続いて、今村は、ソレルの社会民主党から革命的サンディカリズムへの移行のプロセスを簡単にあとづけ、そしてマルクス学者としての「功績」について記述している。

マルクスの理論的作業が未完である部分を「実践的関心に促されてマルクスが残した課題の一つ「賃労働」の理論的構築に着手し、その成果を世に問うた」。「ソレルはレーニンやローザと並んでマルクスの理論を発展させる後継者の位置を占める資格をもっている。」(同p303)
 

私も全然知らなかった。これほどマルクスに近いところにソレルは立っていたのか、と驚いた。しかもレーニンの擁護論まで書いている。
そんなことは充分に承知のうえで、どうして関廣野氏は「しかもジョルジュ・ソレルのサンディカリズムの感化は見られてもマルクスの影響はかけらもないことは注目されるべきである」(『ベンヤミンの生涯』 解説p325)などと言うのだろう。しかも彼は先の一文を引き継いで「さらに」といい、「この論文が法の歴史哲学的研究とされていることは、彼の最後の作品『歴史の概念について』と見事に符合していよう」と述べている。関廣野氏は、「歴史の概念について」も含めて、ベンヤミンを「マルクスの影響」など本質的にはなかったのだと言いたいのだろうか。


しかし私もソレルについて、サンディカリズムということで、てっきりプルードンの流れをくむだけで、マルクスとは敵対的だと思い込んでいた。
政治的磁場の強い世界は厳しい。
今村が述べているように、ソレルにとって社会主義政党が官僚化し、いわばマルクスの思想の疎外態となってしまっているとして、それはいつごろだったのだろう。社会民主党の変質について、レーニンなどよりも早く察知していたのではないか。
しかし現実には、社会民主党と対立することを媒介に、ソレルは革命的サンディカリズムに接近し、あたかもマルクスとは対立するようなシェーマがつくりだされてしまう。政治が現実世界の力学として作用するとき、こうしたことは時折おこる。特に左翼の世界は一定の思想的同一性をもち、それを組織的な結集体として実現してゆく。だから政治的組織との位置関係が、思想内容と同一視されることにもなる。

過去を現在において救い出そうとするベンヤミンは、あるいはソレルを今日において正当にその位置に据え直す役割も果たしているのかもしれない。
 
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