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  「生命のトウトサというドグマ」。ベンヤミンが「暴力批判論」の中で言う。それはユダヤ思想の言葉だろうか。時代の言葉だろうか。

ユダヤ思想のことはわからない。けれども、神が屹立するものとして存在するのであれば、生命がアプリオリの価値を持つわけではないということなのかもしれない。
あるいは、第一次世界大戦からロシア革命へ。そしてドイツ革命とスパルタクス(ドイツ共産党)のいったんの敗北。その湧き立つような時代は、近代的な、あるいは自然法思想的な「生命の尊さ」を一つのドグマとして認識させたのだろうか。


暴力批判論の中でベンヤミンは、最終的に暴力を定義しなかったように思う。それは果たして自明なことなのだろうか。神的な暴力と神話的な暴力の対比。けれども、その暴力とはいったいなんだというのだろうか。
クラウゼビッツは戦争について「政治の別の手段による継続」と定義した。レーニンもそれを基本的に継承している。けれども、暴力は戦争を含むが、戦争論はそのまま暴力論ではないだろう。だから戦争論に解消されない暴力論もまた存在する。

ベンヤミンンの暴力批判は、国家の暴力とプロレタリア革命の暴力(ゼネスト論として提起されているが)という視角を軸にイメージされていると思うが、例えば、ある人間が自分の意思を対立的に相手に押し付けるとき、それは「暴力」とよばれるものとなるのだろうか。



それにしても、ベンヤミンは1918年から21年にかけて、何をしていたのだろう。ドイツの激動とどのようなかかわりを持っていたのだろう。
私の1920年代にたいするイメージを一新しなくてはいけないような気がしてきた。




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