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奇妙な「神学」が登場する「歴史的唯物論」について。

『歴史哲学テーゼ精読』で今村仁司はこの「神学」を「超越的原理としての唯物論」として把握している。それは「歴史的唯物論」の原動力としてはたらき、意味と方向性をもたらすものとして捉えられている。野村修の『ベンヤミンの生涯』でもこの「神学」について、ブロッホと対比しながら積極的な評価を与えている。

たしかにそうかも知れないと思いながら、どうしてもベンヤミンのテーゼの「神学」は別のものに見えて仕方ない。

のちの科学主義的な理解と隔たったところにマルクスの思想はあったと思う。マルクスにとって「歴史的唯物論」は実証主義的に「論証」されるものではなかっただろう。その思想の内部に超越的な原理をもっており、それが思想全体を支える土台になっているものだと思う。

けれどもベンヤミンのいう「神学」はどうしてもそういうものに見えない。それは学生時代、私の周囲に共産党や民青同盟の学生活動家がたくさんおり、彼らの言動に触れていたからだ。
ベンヤミンはこう書いている。

「歴史的唯物論」とよばれている人形は、いつでも勝つことになっているのだ。それは誰とでもたちどころに張り合うことができる――もし、こんにちでは周知のとおり小さくてみにくい、そのうえ人目をはばからねばならない神学を、それが使いこなしているときには。
 
どうしてもこの「いつでも勝つことになっている」というフレーズがひかかってしまう。
このテーゼが書かれた時代、ナチスがドイツを制圧し、フランスまでその占領下に置こうとするとき、ベンヤミンは「歴史的唯物論」は「いつでも勝つことになっている」と考え得たのだろうか。もしそうであれば、その「勝つ」という意味は何を意味しているのだろう。

この「必ず勝つ」という趣旨の言葉を学生時代、その共産党の活動家諸君から、イヤというほど聞かされ、入党をオルグされた。それは歴史の法則であり、「自然の法則と同様に鉄の必然性をもって貫徹するのだ」ということだ。「であれば、私が入党する意味などないではないですか?」というと「いや100年後には共産主義社会に移行するかもしれないものを、少しでも早くすることに意味がある」といっていた。そして「科学的社会主義」の「科学性」が強烈に押し出された。その「科学」はほとんど「自然科学」と同様の意味に思えた。
そのあまりにもアッケラカンとした楽観性と進歩への信仰のようなものに辟易とした。世の中はどうみてもそれほど「進歩」しているようには見えなかった。

こうした思想がエンゲルスの『自然弁証法』に淵源があるのか、レーニンの『唯物論と経験批判論』にあやまりがあるからなのか、スターリンの影響なのか、日本共産党独自の空気なのかわからない。
しかし、いずれにしても、生身の人間の思想と行動をほとんど意味のないものにしてしまうような思想や空気には激しく反発した。その科学主義は、自然科学と社会科学の差異をあまりにも軽視したものだと思ったし、一つの信仰にしか見えなかった。しかも本人たちは決して、それを信仰という主体的決断を媒介にしたものとも考えていないようだった。

「必ず勝つ」というその一言が、どうしてもこうした空気を思い起こさせてしまう。そうなるとベンヤミンがこのテーゼでだけ歴史的唯物論に「 」をつけて書いたこともあわせて、これは彼が考える歴史的唯物論と似て非なるもの、客観主義化したそれ、あるいはカウツキーの思想のように思えてならない。

超越的原理としての唯物論、あるいは史的唯物論を科学主義的に歪曲するとき、原理として現実との緊張関係から切り離して、科学的真理のようなものにするとき、そこにうまれるものは一方での教条主義と、もう一方での経験主義だろう。理論が教条となる時、それは現実との拮抗の中でつねに解体され、再構築されることがなくなると同時に、逆に現実=実践は理論から切断され経験主義にならざるをえない。
そして唯物論は死ぬ。
この死んだ唯物論、あるいは客観主義化された唯物論、科学主義化された唯物論が、「必ず勝つ」という言辞を生み出す「神学」のように読めて仕方ない。

レーニンはどこかで現実はあらゆる理論よりも豊かななのだ、といっていたような気がする。そうした思想的スタンスこそがもっとも「唯物論」的なのだと思う。
現実が、あらゆる理論や言葉よりも豊かなのであれば、唯物論とは豊かな、躍動する思想のはずなのだ。

 
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