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昨年のイスラエルによるガザ攻撃以降、パレスチナ、イスラエル、ユダヤ人問題とシオニズム、ナチズムとホロコーストにかかわるものをある程度集中して読んできたけれども、区切りをつけられないでいる。

 それにしても一応はシオニズムのことも知らないといけないと思い、ウォルター・ラカーの『ユダヤ人問題とシオニズムの歴史』も読んだ。ラカーは基本的にシオニズムの立場に立っているが、一読に値するようなことをどこかで読んだ。

 1000ページに及ぶ浩瀚なもので、しかもシオニズムの誕生からイスラエルの建国までしか扱っていない、つまりいわゆる「パレスチナ問題」には触れていないのだから、その対象としている時代についての記述は詳細ではある。けれども最も基本的なことについてほとんど書かれていない。

 つまり、
1)いったいユダヤ人とはだれのことを言うのか。
 これについてはイスラエルにおいて、イスラエル国籍を有することができるかどうかをめぐっていくつかの裁判がある。
 ユダヤ人=ユダヤ教信者だとすれば、ユダヤ人=パレスチナ出身者に限定できなくなる。シオニストが主張するパレスチナへの歴史的権原が揺らぐことになる。
 ではパレスチナから追放された人たちの子孫を言うのか。
 しかしそうなるとキリスト教への改宗者なども含むことになる。それに現在パレスチナにいる人々の少なくとも一部はユダヤ教からキリスト教、イスラム教に改宗することでその地で生き続けたことを選択した人たちでもあるはずだ。
 そうなるとシオニストが主張するようにパレスチナを、自分たちが、自分たちだけが歴史的権利を持つ土地だという主張ができなくなる。

 USにおける黒人差別だって、一体誰が黒人なのか、じつはそれほど明確ではなかった。数世代を経過することでその区分はきわめて曖昧になった。だから真っ白の肌をして金髪の女性が、黒人奴隷として売買されることすらあった。(本多創造『アメリカ黒人の歴史』)

 むしろこうしたことは、差別をする側が極めて恣意的に規定しているにすぎない。それは日本における在日への差別、朝鮮・中国の人びとへの差別・排外主義でも同じだ。
 ラカーは、ユダヤ人について何も述べていない。あたかも自明のことのようにしている。けれども本当なそれほど単純な問題ではないはずだ。


2)反セム主義、ユダヤ人差別の歴史的・社会的根源は何か。それはどうすれば解決できるのか、あるいはできないのか。
 だれがユダヤ人なのか、ということと重なり合うことだけれども、この点についてもラカーはほとんど何も述べていない。たださまざまなシオニズム内部の議論や、シオニズムに反対する「ユダヤ人内部」の論について、ものすごく単純化していえば「ほら結局、反セム主義はなくならいではないか。その点でシオニズムは正しい」と言っているにすぎない。

 ラカーの本を読んでいて、シオニズムが反セム主義を前提にしてはじめて成り立っているのではないか、という疑問を強くもった。それはレニ・ブレンナーの『ファシズム時代のシオニズム』を読んで確信に変わった。
 シオニズムは「反セム主義・ユダヤ人差別は絶対になくならない」としてその根拠を「血の理論」にもとめる。ここでシオニズムはナチス・ヒトラーと思想的基盤を共有し、実際の協定を結び、世界的な反ナチズムの運動に敵対する。その過程で「ナチスの、血の思想にたったユダヤ人差別は、ユダヤ人とアーリア人を異質であり、共存できないものとすることでユダヤ人を結集させ、パレスチナの建設に寄与するもの」という趣旨の発言がいくつも飛び出してくる。

 ユダヤ人差別は、血統的な問題であり、絶対になくならない、各地に分散したユダヤ人は差別され続ける。だからパレスチナに集まって一つの国家を作ることが必要なのだ、という。ホロコースト期においてすら「ユダヤ人国家の建設には血の犠牲が必要なのだ」とすら述べる。シオニズムにとってディアスポラのユダヤ人の反差別闘争・権利闘争はイスラエル建設にとって、力を分散し、マイナスになるだけのことであって否定の対象でしかなかった。

 差別は絶対になくならないとするシオニズムは、差別があることを大前提として成り立っており、反差別の運動に敵対する。そうして根本的にホロコーストの共犯者になっていく。


3)かりにシオニズムの主張を基本的に認めたとしても、なぜ「ユダヤ人国家の建設」だけがパレスチナにおける「郷土建設の具体的なあり方」なのかについてついに明確にならない。
 確かにアラブ民族との対立はあった。
 しかし「パレスチナで生活をする」というにとどまらず、排他的な「ユダヤ人国家建設」を掲げるならば、必然的に排除されるアラブ人が生まれるのであり矛盾と摩擦を生みだす。
 初期の段階でシオニズム運動の中にもアラブとの共存を志向するグループはひとつの力をもっていた。しかしそれはついに成り立たなくなる。
 イスラエルの初代大統領になったワイズマンを筆頭に、シオニズムは初めはトルコと、ついでイギリスと、そしてUS…つまりアラブを帝国主義的に支配する勢力と協力し、そのサポートのもとでイスラエル建設を成し遂げようとする。非常にはっきりと帝国主義の植民地支配の一翼を担うようなかたちでパレスチナにおける国家建設に動いていく。その対極にブントのような労働者階級と結びつき、帝国主義支配とたたかおうとする勢力もあった。しかしシオニズムはその道は選択しなかった。それは必然的にアラブ民族主義と対立することになるものだった。

 ブントは、たぶんその最大の実体はポーランドにあったのではないかと思うが、シオニズムが「パレスチナ建設に有用な若者、ないしはシオニスト」を優先的にパレスチナに脱出させたのにたいして、ブントはポーランドに踏みとどまり、ナチスに対して蜂起(ワルシャワ・ゲットーの蜂起)し、そしてポーランドのユダヤ人と運命を共にした。
 シオニストのイスラエル建国はこうしたことの上に推し進められた。

 ラカーの本を読んでも、どうして「排他的なユダヤ人国家として」建設されねばならないのか、どうして植民地支配者の側に徹底的に寄り添うようにして「ユダヤ人差別からの脱出」をはかるのか。その批判に耐えうる論拠は示されない。

******

 並行してプリーモ・レーヴィの邦訳のすべて、ナタリア・ギンズブルグ、ハンナ・アーレント、いくつかのホロコーストの記録にかかわるものを読んだ。映画もみた。サイードも読み、”Out of Place"もみた。

 そしてやはりイスラエルという国家は一度解体する以外にないのだと強く思う。イスラエルとパレスチナの二国家の『平和共存』ではなくて。きっとその「二国家の平和共存」ということの方がはるかに幻想的なのだと思う。


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