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 森有正の『パスカル論』(全集10巻)を読み始めた。
 硬質の、齧りついてもその歯型を残すこともできないような硬質な言葉に触れたくなったとき、触れなければいけないと思うようになったとき、森有正の文章に戻っていく。
 デカルト、パスカルについて8,9,10巻に収められている。第10巻は1943年に発表されたもの。解題によれば1937年に研究に着手した。卒論から一貫したテーマの追及であるけれども、同時にそれは盧溝橋事件=日中全面戦争=日本の全面的な中国侵略戦争の開始から日米開戦下での研究であり、執筆ということになる。
 参考文献に「日本語文献ではやはり三木清のものははずせない」と書かれているのは印象深い。
 戦時下の森の姿を私はしらない。
 ただ、当時の東大仏文科は『敗戦日記』を密かにしたためていた渡辺一夫がおり、加藤周一が出入りしていた。加藤周一の『羊の歌』(岩波新書)に当時の空気が記されている。森の姿も少し登場する。国策=戦争にたいしての批判や相対的な自由を保っていた。滝川事件があり、マルクス主義の三木清や久野収らが出た京都大学にたいしてある程度、黙認されていたのかもしれない。
 いずれにしても森有正は戦争中、どうしていたのだろうか?
 私には、森有正の言葉が、人間と事物の境界からやってくるように思える。彼の言う「経験」は単純に人間の内部に蓄積されたものでもなく、事物でもない。あえて言えば人間の内部に打ち立てられた、熟成し結晶化した事物であり、事物に刻まれた他者の精神でもある。言葉は事物となった精神ではあるけれども、それだけではない。その精神は事物が結晶化したものとしての精神でなくてはならない。
 森のことばの硬質さは、人間の自由にならない事物であることの硬質さであり、事物の不自由さが人間の自由を束縛し、同時に生みだし、言葉を生み出す。
 全集1巻の冒頭(『バビロンの流れのほとりにて』)部分。1953年に書かれた一文に、すでに森の言葉についての感覚は明瞭に現れている。森はここで戦没者の手記にふれ、そこに表れてくる感情を突き抜けた、いや感情どころか「人間」をもつき抜けた自然存在の現れに触れている。自然存在が、戦死を間近に予想している兵士の感覚と存在を透過して表れてきていることを森は感じ取っている。
 それは森が求めつづける言葉の在りようでもあるだろう。
 森はこの一文の最初に人間は、その生涯の最もはじめの日に、すでに終わりをあらわしているという趣旨のことを書いているが、思えばそれは森の生涯を、少なくともパリ移住を決断した以降の生涯を、その最初の日々においてよく捉えていたということになるのだろう。
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