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とても久しぶりに更新。


 森田恵子監督の「小さな町の小さな映画館」「旅する映写機」につづいて映画を映す人にフォーカスした『まわる映写機めぐる人生』。




 デジタル化されていない映画を映し出す人たちに会いに行くドキュメンタリー。


 DVDでみるのと映画館でみることは違うとは思っていたけど、はじめてフィルムで上映される映画を観ることはライブなんだと知った。


 隣りにいる人、前にいる人、映画館の人、その空間によって映画から感じ取ることが変わるとは思っていた。この日の上映でも始まる前に拍手が起こる。途中、笑い声があがる。映画が始まる前に拍手ってないよね、いつもは。でもこの空気は作品が醸し出したもののような気がする。映画から親密な空気が流れ出している気がする。


 もっともっと奥行きのあるものだった。フィルムの状態や映写機の調子、スクリーンの材質やお客さんの入やその音場の変化…「毎日違うんですよ」とある映写技師さんがいう。デジタル化された情報にはない「豊かさ」だろうか。


 きっとそれは、例えばピアノが弾き手によるだけでなく、温度や湿度によって、置かれている場所によっても微妙に音が変わるのと同じなんだろう。映写技師という職人さんにはそれがわかるらしい。




 ほとんどいままで記録されてこなかった映画を上映する人たちの歴史でもあった。戦争があり、戦意高揚の映画や「マー坊」という「少国民」を育てるアニメーションもあった。広島・長崎にこだわり映画を上映し続ける人がいる。それが眼の前のスクリーンの中で肉声で語られる。


 後半は地域で映画の上映会をずっとやり続けている人たちを追う。20年、30年継続している人たちもいれば新しくはじめた学生のグループもいる。2020年東京オリンピックや「世界に冠たるニッポン」みたいなことが声高に叫ばれる空気が上空を激しく流れているけれども、地面にはちゃんとしたものが、まだちゃんとある。そんな気がする。




 フィルムは経年劣化する。きっとデジタル化されたほうがいつまでも同じ状態を保てるのだろう。けれども経年劣化するからいいのかもしれない。そこにはちゃんと時間が流れている。人間の時間も映画の時間もフィルムの時間も。行ったこともないけど、ギリシャの神殿がピカピカの大理石だったら興ざめするかもしれない。時間の堆積がはじめて生み出すことだってある。




 この映画、何というのだろう?「人間が近い」。それは監督が一人でカメラを担ぎ、カメラマイクだけで撮影しているからなのかもしれない。第三者の目線ではない。いつもカメラが人間と人間の関係の内側にある。だからかな、近所のおっちゃんやおばちゃん、子どもらがいつもどおりにそこに映っている。そんな感じの映画。親密さはそんなところに感じるのかもしれない。




 凄い映画か?と言われたらちょっと口ごもってしまうけど、人がつくった、人を映し出した映画ですよ。

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